「私たち一人ひとりの考えや意見が、実は集団全体の判断に大きな影響を与えている」と聞くと、意外に感じるかもしれません。
これは「群衆の知恵」と呼ばれる力で、たとえ意見がバラバラでも、全体の平均が驚くほど正確な答えに近づくことがあるのです。
でも、この「群衆の知恵」も、すべての場面で万能というわけではありません。
うまく働くためにはいくつかの条件が必要で、それが揃わないと集団の判断が偏ったり、間違った方向に進んでしまうこともあります。
この記事では、「群衆の知恵が正しく働くための条件や、『私たちの日常生活』でどのようにこの力を活かせるか」を具体的にご紹介します。
ぜひ自分と照らし合わせながら、最後まで読み進めてみてください。
思考実験「群衆の知恵」(Wisdom of the Crowd)
世界には多種多様な考え方の人がいますよね。
一見意見が交わらなそうなこの世界ですが、1つの不思議な現象があります。
それは、個々の意見が多少ばらついていても、真剣に集団で意見を出し合うことにより「全体の平均が正解に近づく」という現象が起こるというものです。
この現象を「群衆の知恵」(Wisdom of the Crowd)と呼ばれており、有名な思考実験として、1906年にイギリスの統計学者フランシス・ゴルトンが行った実験があります。
ゴルトンの実験では、ある農業博覧会で牛の体重を当てるゲームが行われ、約800人の参加者が予測しました。
彼らの予測の平均を取ったところ、その値は実際の体重と驚くほど近いものとなりました。
個々の予測は多少のズレがあったものの、全体の意見の平均値は正しい値に収束するという結果が得られたのです。
この「群衆の知恵」理論は、「一人ひとりの予測が正確でなくても、集団全体の平均的な意見が正しい方向に近づく」ことを示しています。
このゴルトンの実験と類似する実験は、現在までに多く繰り返されており、同様の結果がでている。
研究例の一つとして、ジャスティン・ウォルファーズとエリック・ジッツェヴィッツの研究「Prediction Markets」を紹介します。
この研究では、競馬やスポーツの賭け市場がどれだけ正確に結果を予測できるかを調べています。
その結果、競馬やスポーツのオッズが実際の試合やレースの結果にかなり近いものになることが明らかになりました。
つまり、集団で意見を出し合うことにより「全体の平均が正解に近づく」という現象「群衆の知恵」が、これらの賭け市場でも働いていることを示しています。
参考文献:Justin Wolfers and Eric Zitzewitz (2004)「Prediction Markets」
「群衆の知恵」がうまく働かなくなる条件が存在する
ちなみに、「群衆の知恵」が働くためには、「それぞれが異なる考えや情報をもとに意見を出し合うこと」が大切です。
しかし、特定の状況が揃うことで集団の意見が片寄ってしまい、「群衆の知恵」がうまく働かなくなることもあります。
たとえば、全員が同じ情報源に依存している場合や、特定のバイアスがかかっている場合などが挙げられます。
米大統領選と英EU離脱に見る「群衆の知恵」が働かない条件
最近の例として、「2024年11月に開票があったアメリカ大統領選挙」と「2016年に行われたイギリスのEU離脱の国民投票」があります。
「群衆の知恵」が働かない条件5選
「群衆の知恵」が働くためには、意見の多様性や、バイアスが少ない状態が必要であり、これが崩れると集団の意見が正確性を失いやすくなります。
以下は「群衆の知恵」が働かない代表的な条件です。
1. 情報の偏りや集団同調
すべてのメンバーが同じ情報源に依存したり、強い同調圧力のある集団に属していると、異なる意見が出にくくなります。
たとえば、SNSやニュースメディアで特定の話題が偏って取り上げられると、人々の意見が一方向に引っ張られ、「群衆の知恵」の原則が失われがちです。
例えば、SNSやニュースメディアが偏った情報を多く報じると、情報が一方向に偏り、「群衆の知恵」が正確に働きにくくなります。
2. 「隠れ支持」や非回答のバイアス
世論調査などで自分の支持を表明しない層が多い場合、集計結果と実際の投票結果が大きく異なることがあります。
アメリカ大統領選での「隠れ支持者」や「電話調査に参加しない若い層」がこれに当たります。
当初の予想では、支持率の拮抗から「接戦」が予想されていたにもかかわらず、蓋を開けてみたら「トランプ次期大統領早々に勝利」という結果となりました。
2024年11月11日の時事通信社の記事において、次のように理由について述べられています。
米国の主要な世論調査は、トランプ前大統領とハリス副大統領の支持率が拮抗(きっこう)していたことから『接戦』を予測していた。だが、ふたを開けてみると、トランプ氏が早々と選挙人の過半数(270人)を獲得して勝利。」
(中略)
主要メディアを敵視する同氏の支持者は世論調査に応じない点が指摘されている。また、若い世代などは知らない番号からの電話に出ない傾向にあるため、一般的に電話で行われる調査では、バランスの取れた多様な声を集めるのが困難だったようだ。
今回の場合は、以下の理由からバランスの取れた集計ができなかった可能性が挙げられます。
- トランプ大統領の支持層の一部が世論調査に参加しなかった
- 若い世代が電話調査に応じなかったケースが多く、バランスの取れた意見が集まらなかった
3. 感情的な判断や抗議の行動
感情的な判断が入ると、冷静な意見が集まりにくくなり、正しい意見が反映されにくくなるため、「群衆の知恵」がうまく働かなくなります。
イギリスのEU離脱では、冗談や抗議の気持ちから投票した人が多く、予想外の結果に結びつきました。
2016年に行われたイギリスEU離脱の国民投票は世論調査に反して「離脱派多数」という結果になりましたが、上記の例とは異なる形で群衆の知恵が働かなかったケースと言えます。
- 政権への「抗議のつもり」や「冗談・皮肉のつもり」で投票した人が少なからずいた(=意思決定に対する真剣さが欠けている)
- 「イギリスのEU離脱はあり得ない」というバイアスがかかった状態だった
上記の裏付けとして、EU離脱が決まった後に「離脱が現実になるとは思わなかった」と述べる有権者が少なからずいたことが挙げられます。
4. 強い感情や恐怖が関わる場合
恐怖や怒りなどの強い感情を抱くと、冷静な判断が難しくなり、群衆の意見が極端に偏ることがあります。
株式市場のパニック売りなどが例で、冷静さを欠いた集団が過剰に反応することがあります。
5. 専門知識が必要な場合
特定の分野で専門知識が必要な場合、専門知識がない集団では適切な結論に至らないことが多く、むしろ誤った方向に向かうリスクがあります。
科学的な議論や高度な金融の問題などでは、専門家の意見を参考にすることが大切です。
現代の民主主義の課題と「コンデンスドウィスダム」
情報が偏りやすい現代において、「コンデンスドウィスダム(Condensed Wisdom)」という考え方が参考になります。
これは、「少数の専門家や知識を持つ深い知識が集団全体の方向性を左右しやすい」というものです。
たとえば、政治の分野では一部の専門家が持つ深い知識が集団全体の重要な指標になることがよくあります。
しかし、民主主義の基本は「誰もが平等に自分の意見を反映できること」です。
そのため、私たち一人ひとりが様々な情報に触れ、自分なりの判断をすることが大切です。
仮に意見の偏りが心配される場合には、信頼できる代表者に多様的な意見をまとめてもらうことも効果的です。
政治の例で考えると、次のような行動が「自分の民意を伝えること」につながるのではないでしょうか。
①「私たち一人ひとり」が様々な情報を集めて自分なりに判断する
②判断をもとに信頼できる代表者(例えば専門家や政治家)を選び、重要な意思決定を委ねる
このようにして、私たちの意見が集団全体の意志に反映され、政治に限らず、会社経営やさまざまな場面でより良い意思決定につながっていくのです。
「群衆の知恵」を活かすために、日常生活で心がけるべきこと3選
――自分だけ意識してもどうにもならないのではないか。
このように思う方もいるかもしれませんが、これから紹介するポイントは、あなたの日常にも大きなメリットがあります。
「群衆の知恵」の目線でいることで物事を客観視でき、冷静に判断・対処ができるようになります。
感情に流されにくくなることで「心にゆとりのある生活」ができるようになり、将来的な心の負担を軽減してくれるでしょう。
あなたが助かって世界も少し良くなる――そのような視点で以下の3つのポイントを押さえて「群衆の知恵」に貢献してみてください。
1. 情報の偏りに注意する
特定のニュースやSNSに偏らず、多様な情報源から情報を得ることを心がけましょう。
偏った情報に流されず、様々な視点を取り入れることで、より正確で落ち着いた判断ができるようになります。
仮にあなたの生活の中で世論調査などのデータがあった場合、「本質的には群衆の知恵を発揮する条件をそろえられない」点をしっかりと理解した上で参考にすることが適切です。
2. 自分で調べ、理解を深める
他人の意見に流されず、自分で調べて理解を深める習慣を持ちましょう。
特に、重要な意思決定を示す場面では、独自の判断材料を持つことが大切です。
自分なりにしっかりとした根拠に基づいた意見を持てるような情報収集を心がけましょう。
3. 多様な視点を持つ
他人の意見や異なる立場の考え方を理解しようとすることが、「偏りのない判断」をするための土台となります。(理解できるまでまではしっかりと傾聴するイメージ)
視点が多いほど判断の精度も上がり、「群衆の知恵」が働きやすくなります。
「どのような背景や論理でその意見が生まれたのか」に注目することが、異なる視点を理解するためのコツです。
まとめ
「群衆の知恵」は、多くの人がそれぞれの考えや知識をもとに意見を出し合うことで、全体として正しい判断に近づける力を持っています。
しかし、これがうまく働くためには、いくつかの条件が揃っていることが必要です。
以下のポイントに気をつけることで、あなた自身も「群衆の知恵」を日常生活で活かすことができます。
1.情報の偏りに注意する
特定の情報源だけでなく、様々なニュースや意見に目を向けることで、偏らない判断を心がけましょう。
2.自分で調べ、理解を深める
他人の意見に流されず、自ら情報を集め、独自の考えを持つことが重要です。特に重要な場面では、自分の根拠に基づいて意思決定を行いましょう。
3.多様な視点を持つ
異なる立場や考え方を理解することで、偏りのない判断が可能になります。「どのような背景でその意見が生まれたのか」を意識して、多様な視点を取り入れましょう。
こうした姿勢は、政治に限らず、会社経営やコミュニティでの意思決定にも役立ちます。
日々の生活の中で、多様な視点を取り入れ、冷静な判断を心がけることで、より良い選択を積み重ね、あなた自身と社会全体にポジティブな影響を与えていきましょう。